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2012年4月の活動報告

鳥獣被害と自然の逆襲 ~サルや鹿や猪が悪いのか、餌を奪った人間が悪いのか~

 徳島の中山間地域にいくと、必ずといってよい課題が鳥獣被害であります。高齢化の進む地域で、皆さんが畑を防護ネットで作物を守る、最近では自民党時代に予算化しましたが、鳥獣を捕獲するなど。

 人間生活の現実を考えれば、色んな対策を講じていかねばならないが、ある地域でご老人が「人間が杉をこれでもかと植え、広葉樹が減り、地盤がゆるみ、鳥獣たちの餌を奪ったことも、考えないといかんな。」と。しごくもっともな話。

 現在、大飯原発はじめ、電力、原子力の政策が、右往左往している。そういえば現政権は、「CO2を25%削減する」「脱原発」と言っていた。安全が先か、生活が先か、経済が先か、もちろんすべてが大切である。国民が納得できないのは、政治家の言葉、責任を取らない官僚、御用学者、の類が信用できないから、リスクとのコミュニケーション、国民とのコミュニケーションが取れないのだ。

 テレビをつければ、最近は「吉本か、橋下か」、立派な政治を「維新の会」にもやってもらいたい。ただ、国民に知らされていないのは、一体震災後一年、省力化の努力を、個人も、会社も、自治体も、鉄道も、地下鉄も、信号機も、街路灯も、最善を尽くしたのであろうか。身内の病院は昨年東京の調布で、計画停電の中、医療スタッフは懐中電灯の中で、必死に仕事をしていた。経営者の自宅は新宿、マンションに着くと、節電?停電?なんのその、明々と電気が輝いていたそうだ。東京都も新党よりもやることがまだまだあるのではないか?

 農家の皆さんから鳥獣被害についてご指導を賜る。

持論 | 2012年04月15日    

「天災は忘れた頃にやってくる。人災は忘れるからやってくる。」

4月第3週 2012/4/15


 16年台風被害で、当時の野村町長、杉本県議、連記議員らとともに対策を講じた中山間地域の、その後の状況を視察して参りました。

「喉元過ぎれば・・」という言葉がある通り、震災から一年が経過し、わが県においても16年災害のその後をみるにつけ、「コンクリートから人へ」という現政権キャッチフレーズは、国土の7割が山である日本の現状を全く知らない政治だからこそ言わしめるものと残念に思います。

 当時は孤立地域に、徳島の陸上自衛隊が存在せず、香川善通寺から救済にきてもらったのであり、先日足掛け10年で完成した阿南市の陸上自衛隊は、今後の地域の安心に大きく貢献して頂けるものと思います。当時も、民主党は県議会で自衛隊反対決議を出し、地域においては、自衛隊反対をしていた革新系議員達は、先日の自衛隊新設の祝賀会に、なんの反省もなく出席していたのは滑稽な光景でありました。

 「桜見る人多き散る桜あとをとふこそ情けなりけり」
 桜の時期も終わりに近づいていますが、桜満開の中では多くの方々が見物を楽しむ光景は微笑ましいものであります。ただ、散った後には誰も見向きもしない桜の木。井戸を掘った方々、咲くまでのプロセス、そういったものを「情」をもって振り返ることこそ人情ではないでしょうか。

 当時の野村災害対策本部長からヒアリング。

持論 | 2012年04月15日    

介護スタッフへの待遇改善を提言

4月第2週 2012/4/12


 介護福祉施設における、自立支援、介護福祉サービスに、日頃から献身的な貢献をされている介護士さんはじめスタッフの方々の給与及び待遇の状況を再検証し、一方で各施設の内部留保の現状を精査することによって、我々立法府、行政府のやるべき課題がみえてきます。

 介護スタッフの待遇改善することは、介護福祉サービスを受ける高齢者やその家族の方々にも大きな意味があると思います。また、保険料が年々上昇していることに関しても、大きな課題となっております。

 現状の特養の内部留保(収益の蓄積)は、全国で2兆円に迫る額となり、2010年度で1施設平均3.1億円となっております。この利益配分のあり方について、介護福祉現場への還元と、保険料上昇回避に資するような政策転換が必要と提言して参りました。

 この内部留保の使途について、事業者の方々は将来的な施設改修事業に必要との意見もあるようですが、施設整備予算は社会福祉法人として国家の責任で負担すべきものであると考えます。医療施設においては、競争と自己資金により建て替え資金を捻出し、法人税も払い、経営努力を行っている現状からすれば、介護福祉事業は、法人税は免除、新規施設整備には補助金があり、比較的恵まれた環境にあるのが介護福祉事業であるという意見が多くあります。

 このような提言をして以来、経営者など関係者からご意見を頂いておりますが、以前の自民党麻生内閣時代に、与謝野財務大臣、園田政調会長代理との話の中で、施設整備の基金をつくった訳ですが、この財源も、「給与水準の高い、内部留保の少ない」施設に重点的に配分し、尚且つ、重点的な介護報酬配分をしていくインセンティブをもって、より質の高い福祉サービスを確立していくべきと思います。

 このような現状からすれば、国も「税と社会保障の一体改革」を遂行していく中で、医療と介護福祉との公平性の検証をしていく必要があると考えます。

 いずれにしても、現状の多額の内部留保についての使途は、日頃から大変な福祉サービスに従事されている現場介護スタッフへの還元が急務と考えます。

下記のインターネットよりご覧いただけます。
http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php

開会日をクリック(2012年4月12日)⇒消費者問題に関する特別委員会⇒検索⇒後藤田正純
持論 | 2012年04月12日    

交通安全対策の怠慢「歩行者保護・人命尊重を徹底せよ!」

4月第4週 2012/4/7 立て続けに交通事故により、尊い人命が失われている。過日、消費者特別委員会にて、行政の交通安全対策の怠慢について質問した矢先であった。

 一般道路は、まずは歩行者のものであり、車は二の次のはずである。しかし、モータリゼーションの流れの中で、なぜか「自動車にとって狭い道路の解消」が優先されている現状こそが問題である。消費者委員会での質問の後に、心ある官僚が何人か事務所を訪ねてこられた。「わが意を得たり」とのことであった。

「人は過ちを犯す」ものだという前提で、「走る凶器」になる自動車に対して、人のミスを未然に防ぐ機能を早急に装備すべきである。そのような技術革新は自動車メーカーには可能なはずだ。またこのような技術が、環境対応で躍進した日本メーカーにとっての新たな付加価値として世界に向けての販売拡大に繋がるのではないか。

 また、不思議なことに、80キロ以上の速度を出してはいけない日本社会であるにも拘らず、自動車の速度メーターは180キロが出せるようになっていることも矛盾しているのではないか。速度を減速させるリミッターはトラックなどにはあるらしいが、一般乗用車にはない。子供の頃、速度を出しすぎるとリンリンと警告音がなっていたがいつの間になくなってしまったのだろうか。

 道路行政についても事故後の行政の対応をみると、白線を引きなおしただけで、ガードレールやポールなどの仕切りはなく、歩行者と自動車は「今日もまた」危険と隣りあわせで生活をしている。米国では「STOP」標識がたくさんあるらしい。歩行者が優先なのだ。

 文部科学省も考え方を改めないといけない。横断歩道は手を挙げてわたると子供は教えられる。挙げた手の側は死角になり、暴走車から身を守ることは出来なくなるのではないか。青信号であっても危険であることを認識させるカリキュラムを、入学時の子供に教えるべきであり、恐怖心をもっと高める授業を就学時にきちんとすべきである。

 国際比較で言えば、日本は人口当たりの交通事故死亡者数は一番低いとのことだそうだが、それで満足するなんてことは有りえない。ピーク時15000人を超える交通事故死亡者が、様々な努力により現在は約4000人に減少したとのことだ。そして、今後は2500人を目指すと。私は、2500人を目標にしていることが解せない。年間2500人ということは、一日7人弱は亡くなることを許容することではないか。「交通事故死亡者はゼロを目指すのが当たり前ではないか」委員会で松原大臣に詰め寄ったが、どうやらそのおつもりはないらしい。政治主導が聞いて呆れる。

 このことを見ても、ある程度の交通事故死亡者や被害者は許容されるものという空気、道路は歩行者より、車の利便性が重視される空気こそが問題だと考える。「そこのけそこのけ車が通る」なんて社会がまかり通るはずがない。

 マスコミもその時は報道するが、「喉元過ぎれば・・」である。テレビを見ていても、自動車メーカーの宣伝は、「車の危険性」について触れる事は少なく、各社の宣伝合戦である。マスコミにとっては、CMが重要なのか、有名キャスターも「車の負の部分」には関心がないようだ。

 一方で、たばこ業界は「吸い過ぎに注意」消費者金融各社も「借り過ぎに注意」と自制広告を打ちながらの企業活動をしている。自動車メーカーにはこのような矜持はないのか。震災当時よく見られた「広告機構」の宣伝でも交通事故問題についての広告は見受けられない。「利便性」や「娯楽」を宣伝するのではなく、「走る凶器にかわる危険性」を真摯に伝えなければならない。

 自動車業界は「聖域」なのか。確かに自動車産業は、日本経済にとっても様々な貢献をしている業界には違いないが、税金を払い、多くの従業員を雇い、多くのCMをうつ業界には何も言えないということにはならない。今日も悲しい交通事故のニュースが報道される。その同じテレビで自動車メーカーのCMを見せられる被害者家族の心境を考えるべきである。人命は何よりも重いのだ。
持論 | 2012年04月07日    
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